***送信管プッシュプルアンプ製作例***

DET−1 PPモノラルアンプ

真空管が開発されてから、まもなく100年になろうとする現在だが、時としてとんでもない球にお目にかかることがある。 インターネットが普及したことも手伝ってか、あるゆる球が、新旧を問わずNET上に出回っている。 先日、ドイツの友人から、面白い球の情報を得たが興味があるか?とメールが届いた。 それによると、彼はスペインに旅行した時に、偶然知り合った男性から、次のようなことを聴かされた。 かつて、スペインには、英国のマルコーニ社の子会社である、スパニッシュマルコーニが存在したという。 そこが1970年代に閉鎖される直前に、長年勤めていた技師が家に持ち帰った送信管が多数あるというのだ。 その中には、最古典の送信管ともいうべき、DET1やU6などがあるという。とりあえず、その人の名前と連絡先のメモを教えてくれた。

しばらくして半信半疑ではあったが、メモのところに直接聞いてみると、本当にあるという。 それでは、サンプルとして2本買うから、日本に送ってくださいと頼むと、二つ返事でOKとのこと。 1週間ほどで手元に届いたが、なんと2本ともフィラメントが切れてしまっている。 オーイ、フィラメントが切れちゃったよー、というと、それではもっと大きい箱で代わりの2本を送るよ、と言ってくれた。 待つこと1週間、今度は無事届いたかと思いきや、2本中1本が切れている。 そこで思った、これはマズイ、こんなことをしていては、せっかく100年近く無事に生き延びていた球を、ほとんど台無しにしてしまう、という危機感が走った。 われわれの責務は、100%完全な状態で受け取らなければならない。 でなければ、彼ら(真空管たち)に申し訳ない、そのためには、直接の手渡ししかない、と確信したのだ。

ところが、その技師の宅は、スペインでもかなりの奥地で、おいそれとは行くことができないと分かった。 そのことを相談すると、それではマドリード空港まで、持参しましょうと言ってくれた。 待ち合わせの日に、空港で待っていると、一人の老紳士が現れた。 車に積んであるから、と駐車場に案内され、荷物を見ると、なんと、おがくずの詰まった大きな古い木箱で、30kg以上あるようなので、当然、機内には持ち込めないと分かり、どうしたものかと思案していた。 すると、空港建屋内の、日通航空の広告看板が目にとびこんできた。、空港のそばに、日通航空のマドリード支店があるようだ。 美術品の輸送などで実績があり、運べないものは無い、と豪語する日通さんなら大丈夫だろうということで、早速持ち込んだところ、無事ひきうけてくれた。

日本に帰国し、数日後に日通航空の空港支店に取りにゆき、無事受け取り完了した。自宅の庭先で、おそるおそる箱を開けて取り出すと、やあこんにちは!、といって大きなキューピー頭のDET1たちが、元気よく、あいさつしてくれた 箱の上に並べてみると、90年の眠りから覚めたばかりなのに、夕日を浴びて、まぶしいほど燦然と輝いていた、 (2018−8記)






では、早速アンプに仕立ててみよう。今や、真空管の規格はNET上から、ほとんど入手できる。 NETが普及する以前、西暦2000年以前までは、球はあっても規格がなかったため、オーディオ用としても有望な球が、まだたくさん残っていた。 しかし、今は規格があっても球がなくなってしまった。NET上で規格が分かるや否や、よさそうな球はすべて買われてしまったのだ。 まさに、インターネットとは、両刃の剣で、便利にはなったが、その分の代償(デメリット)も大きいのだ。

さて、DET1の規格表もご多分にもれずNET上から入手できる。これによると、フィラメントは、トリタンで、6V/1.9A μは11、プレートロスは、最大35Wとあり、特性曲線までのっている。送信管だがグリッドの+領域は書かれていないことからして、カソホロ直結ドライブは避けたい。しかし最初期の球にしては、完成度が高く、同じクラスの球の米国の、10/VT25に比べてもよくできている。ただ、構造的にきわめてデリケートで、ちょっとした衝撃にも耐えられないとわかる。DET1は、このあと数年で、DET25に置きかえられ、形状も大きなナス管から、ドーム型となり、フィラメントも、衝撃にも強いオキサイド酸化被膜型に変わっていったようだ。 だから、特性的には、DET25と何ら変わったところはない。、ただ、何せ、約100年も前の球なので無理は禁物だ。半分か70%以下の規格で使いたい。調べてみると、Ep=600V Eg=−25Vのとき、Ip=30mA流れることが分かった。 今回は、ふんぱつして、プッシュプルとし、この時代にふさわしいトランス結合とした。トランスは、手持ちのLUXの3657P、OPTはTANGOのFX50−16Gとした。

はやる心を抑えて組み上げるや否や、早速、試聴したところ、極めて清澄で、かつ馬力もあることに驚いた。数時間で電気的にも音質的にも完全に安定する。PPなので交流点火でよい。LUXの3657Pは、クラーフ結合で使用するが、直流を重畳するタンゴのNCあたりより、低域がよく出る。タンゴのNCシリーズでも、わざわざクラーフで使用したほうがいい音がするというのも納得した。
 (2018−8月記)